私は、旅行カバンを持っていませんでした。そこで、父親に相談すると「これ貸してやるよ。」と言って渡されたのは、ぼろぼろに皮革がはがれかけた、いかにも年季の入ったカバンでした。「うん。」とは答えたものの「親父くさい、カッコ悪いカバンだから嫌だ。」と心底思いました。 当時、ほとんどの友達が「ナイキ」や「プーマ」などの自分用のかっこいいカバンを持っていました。そこで、母親に「旅行カバンを買ってほしい。」と懇願しました。母親の返答はいつも決まって「父親に頼みなさい。」でした。仕方なく、父親に頼んでみたものの、「何でこのカバンが嫌なのだ、理由は何だ。」と言われると、言葉が出ませんでした。確かに、使うには問題はないので、カッコ悪いという理由は言えませんでした。 それからというもの、修学旅行へ行くのを嬉しいとは思えなくなり、気分はだんだん滅入っていき、母親に不満をぶちまけるような日々が続きました。そして、意を決して修学旅行五日前の土曜日の早朝、父親の枕元に正座して「理由は言えないけど、頼むから旅行カバンを買ってほしい。」と訴えました。(涙ぐんでいたかも?)それでも、父親は黙ったままでした。「もう駄目だ。」そう思い、私は諦めました。 翌日の日曜日、急に父親に呼ばれ「車に乗れ。」と言われ、約1時間後、十日町市のあるスポーツ店に着きました。そして、父親が「どんなカバンが欲しいのだ。」と言いました。私は「え、カバン買ってくれるのか。」と驚きました。値段を見ると気に入ったカバンはかなり高く、遠慮してどのカバンかはっきり言えないでいると、父親は「これがいいか。」と指差しました。そのカバンは私が1番欲しかった「マクレガー」社製のかっこいい旅行カバンでした。かなり高くて驚きましたが、なぜか父親は買ってくれました。(当時、大変貧しかったのに、私の気持ちを思い、きっと無理して買ってくれたのでしょう) 父親は終始無言でしたが、帰りの車中で、私は父親への感謝と楽しい修学旅行を思い描いて、気分はハイテンションだったことを今も覚えています。
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